今日発表になったミスiD2016を見た方はご存知かと思いますが、
私、まきろん。は残念ながらファイナル進出で終わってしまいました。
ミスiDに参加した理由はこちらブログ以前の記事をご覧ください。
(http://subete-maborosi.blogspot.com/2015/09/id2016.html)
オーディションではこれから自分が何を生み出していくか、ということをお話しました。
消費物としてのまきろん。ではなく、今後生産する立場になるための覚悟でもありました。
ミスiDを自分の中での転機にしたかったのです。
そこである審査員の方から言われたことがあります。
「そこまで明確な目標や筋道が決まっているならミスiDに参加する必要はないのでは?」
ミスiDで「これからの日本のかわいいは私が作っていく。」と啖呵を切り、
作っていく、と豪語する割にアイドルを発掘するためのこのオーディションに参加したりチヤホヤされたいだけなのでは?と
ネットで知らない誰かに叩かれた事も有りました。
自分でもその矛盾は生産と消費は対になる言葉の通り受ける前、最中、後とも理解してたし、
オーディション最中ネットでミスiDをうける女の子のブログや写真を見ても、
実際に審査で会ってもいつも思うことが
「この子はこうしたらもっと魅力が開花するだろうな。」
「この子はこういう写真、映像の撮り方、使われ方をされたら面白いだろうな。」
そんなことばかり考えていました。
そしてそんな中自分の中で生まれた気持ちが
「私はミスiDに色んな意味で選ばれるべきではないし、他のオーディションではなくミスiDじゃないとダメな人、とるべき人がミスiDになるべきだ。」
です。
自分がこれから作っていく立場になる上でも、
今私は消費物としてではなく自分自身の力で立ち、創っていくべきだと。
そしてオーディション期間の中で、私は何者でもない、何か、の人でない、
まきろん。として私として立って進んでいく事の出来る人間だと自信も持てました。
最終審査、どういうアプローチで自分をアピールしようか考えた時、生産者としてアピールするのはミスiDに成ろう、ということでは多分1番のベターでは有りませんでした。
それでもいいから創造する立場で話したかった。
だから最終審査が終わってスッキリしてたし、
今回の結果もやっぱりなと、逆に自分の目標が確立、
結果は間違いじゃないと思いました。
アイドルの定義が多様化する中、
私がミスiDに参加したことによってその姿がどこかの誰かに勇気を与えていたら
私にとってのアイドルはそれが答えなのではないかと。
私にとって相対評価に常に晒されることの残酷さ、その中でチアーズやツイートは勿論、本当にファンの方の応援が私の力になりました。
人の熱量を感じました。本当に力になりました。
ありがとう。
好きでも嫌いでも、見てもらわなきゃ始まらないので そういう意味でもミスiDの参加は意義がありました。
(ミスiDプロデューサーの小林司さんからのコメントが私の意図を完全くんでくれてて嬉しかったです、嫌いっていいつつ見ちゃうあなたも私には力です、ありがとう。)
唯一ミスiDになれなかった事の心残りは応援してくれた方たちの期待に応えられなかったことです。
本当にごめんなさい。
魅力的、ほんとに伸びしろあるポテンシャルを持った女の子がたくさいるミスiDにはこれから作る立場として関わっていけたらいいな。
そして、実はミスiD以前から進行してるあることがあります。
ミスiDセミファイナル通ると思って居なかったので、
合否が私の思いを確立させると思っていたのでとてもよい経験でした。
今まで自分の活動だったり、ネットでの自撮りや写真の承認欲求だったり
色んな事をSNSを通してしてきたけど
今までのよりまきろん。というより私、自身、にとって
本当の意味で皆さんに見ていただきたい、見て貰えるよう努力していきたいことです。
12月1日(火)21時、その全容の一部が発表されます。
解禁を待ってて下さい。ぜひ見て頂きたいです。
応援してくれた方、好きをくれる方、ファンもアンチも、全ての私を見てくれる方、
きちんと思い、返します。
私の人生、ここからスタートさせるよ。
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